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トランスヨーロッパ2012年 天国と地獄


平成24年11月20日

トランスヨーロッパ2012年 天国と地獄


トランスヨーロッパ2012年 天国と地獄
ジョギングは健康 マラソンは快楽 ウルトラは狂気 ジャーニーランは中毒
中毒症状の私はまたもやジャーニーランの世界に足を踏み入れてしまった。
この文章に興味を持たれたランナーの方はここから先はお読みにならない方が
よろしいかと思います。

ジャーニーランを続けると赤血球が壊れて脳への酸素が行き渡らずに脳細胞がどんどんと
破壊されて思考能力が落ち、エンドルフィンの出し過ぎで痴呆状態になり。
足の筋力は栄養が行き届かず悲鳴をあげ、肝臓や腎臓は悪くなりボロボロ、高カロリー
高タンパク高脂肪の餌を普段の倍食べても体重はやせていく。
お金も浪費し良いことは何もないのに、でもやめられないジャーニーランにどっふりと浸ってデンマークのスカーゲンまで着ました。

世界中から集まったジャーニーラン狂ばかり赤鬼、青鬼、閻魔大王(主催者インゴ)に
奪衣婆(奥さんのインゲ)が集う地獄。

ミーティング前にはホテルの目の前でBBQレストランが燃える火事があり地獄の歓迎式
大会説明は英語フランス語ドイツ語が飛び交う語学地獄、さっぱり聞き取れないが、
私は何となく最低必要なことはボディランゲージで理解したつもりのお気楽天国。

モウーゲン、ボンジューウル、モーニング、オラー、ハロー
サンキュー、メルシー、グラシャス、グッドラック、バブー、サバー、グッジョブ
ブラボー、ゴーゴー、アレーアレー、セルベッサ、ビーノ

コースの天国と地獄
アローと呼ばれる小さな矢印テープを頼りに、全く未知で方向感覚のないヨーロッパを
誰にも頼らず4200kmのコース地道あり細い脇道、自転車道、歩道も車幅もない交通量の多い道、迷路のような町中の道、ヨーロッパの町は中心が教会広場になっていてそこに集まる放射状の道はわかりにくい、中心の広場に出るとアローマークを捜すのに苦労する、交差点は丸い円形の五差路六差路どの方向へ行くのか見通しの法則を使わないと間違う、そのたびに緊張する集中していないとロストウエーイの地獄。

でも気のいい田舎のオッチャン達が時々皆はあっちへ行ったよと教えてくれる。
毎日初めての道を走れる喜び、角を曲がると変わった景色が広がる楽しみ。
白い家、茅葺きの家、ルノワール、モネ、絵画の世界、貴族のシャトル。
標高1000m位の高原が数ステージと日に何回も繰り返されるアップダウン、あそこまで登ったら下りかと思ったらまた登りが延々と続く地獄の登り道、下り始めると曲がれども行けども続く下り道スケールがでっかく長い。

峠を登り切ると目の前に360度の丘が広がり感動する、あっちこっちに白い家の集落が幾つも見渡せる広大な丘、数十キロ先までもかすんで今日のゴールの街が見える。
自分がガリバーになったような気にさせてくれる、下に見える集落の屋根を一跨ぎ出来そう、山の中にぽつんと教会が美しく光り輝いている、まさに天国そのもの。

ブドウ畑の地道に突然クルーザーが表れてびっくり、何でもないところに運河が
手を挙げると気楽に挨拶してくれる老夫婦、和やかに運河のエレベーター待ち。
ドイツで一日中運河沿いの堤防を何十キロと真っ直ぐ走る単調な道はうんざり。
運河の渡し桟橋ではクラッシクカーのパレードに遭遇。
街路樹にリンゴの木、歩道にリンゴがいっぱい落ちている拾って食べてみる
甘くはないが口の中がさっぱりする。

宿泊施設の天国と地獄
大部分が体育館での宿泊、ほとんどの床がコンクリートの打ち放し、フローリングの所は僅かマットを敷き寝袋を広げて自分の空間を確保する、体育館が使用中の時は器具倉庫や
廊下で場所を確保する、すきま風が吹き込み寒い、夜中にしばしば目が覚めると、
足が痛いよ〜腰が痛いよ〜うめき声さながら地獄のようす。

猫が一晩中鳴いている、ハエが数百と群がる、祭りの音楽が夜中まで鳴り響く、
シャワーはランニング服を着たまま頭からシャンプーを付けて洗濯も同時に上から順に脱いで最後は足踏みして仕上がり、お湯が温かいときは天国、水だけの時は気合いを入れないとアイシングと思い我慢ガマン。

トイレも大変、数が少ないし便座は無いし鍵はかからない、旧フランス式は水があふれる
から逃げ出さないと汚物まみれになる。
朝食はサポーターが用意してくださるパン、ハム、ジャム、バター、コーヒー等、ドイツのパンは美味しく無い、フランスパンは堅い、スペインは甘いを適当なところに座って食べる。
ディナーはレストランでワイン、パンは豊富、時間が掛かるけれど満足、デザート付き。


ゴール後はそのままの勢いで国境を越えてジブラルタルのヨーロッパポイントまで
往復15kmを走って行きました。
まだまだ楽しい思い出やトラブルがいっぱいの64日間でした。


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